特定非営利活動法人ツバルオーバービュー

現地事務所通信

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ツバルの人々は、1000年ほど前にサモア近海から、カヌーに乗ってツバルの島々にたどり着いたと見られています。

その当時、島には椰子の木やブレッドフルーツなどの食料になる木はなく、タロイモやバナナが育つ畑もありませんでした。考古学的な調査によると、最初に島にたどり着いた人々が椰子の実を植え付けて、その実が成熟した木に育つ頃に、家族を連れて島に移住し、ブレッドフルーツを移植したり、珊瑚や星砂などの生物由来の砂しかない土壌に、落ち葉を混ぜ込んで腐葉土を作り、タロイモやプラカ芋が育つような畑を生み出したとされています。

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写真はニウタオ島のプラカピット。地表面から8m程度掘り下げて、雨水がたまる真水の層の直上に、腐葉土を作って、タロ、プラカ、バナナといった作物を作れるようにしている。このプラカピットはツバル国内では一番大きい。

途方も無い年月をかけて人間が生きられるように環境を変えた結果、島は自給自足での生活が出来るほどになりました。その暮らしぶりは、第二次大戦中にアメリカ軍がツバルを占領するまで続いていたと言われています。

アメリカ軍がツバルを占領した際に、お米を持ち込んで島の人に食べさせたり、アメリカの捕鯨船がツバル近海で操業していた際には、水と交換にツバルにはない食材を置いていった、ということもあったようです。

現在、離島においては、お米、小麦粉、砂糖、などを除けば、食材は地産地消で賄うことが出来ます。しかし、首都フナフチ環礁フォンガファレ島では、6000人とも言われる人工の集中、海面上昇による畑での塩害、などの要因が複合して、地産地消は難しくなり、人々はお金を追い求める生活に変わり始めています。

この状況を改善すべく、2012年からEUを筆頭にした支援のもと、環境局及び農業局による「持続可能な農業システムの実践を通じた食料安全保障の向上事業」が進められてきました。耕作放棄された土地を政府が地主から無償で借り上げて、パイロット農場として整備し、作物が生産できるようになってから地主に返還するというプログラムです。

豚の堆肥とコンポストを混ぜた有機肥料を使って、ココヤシ・パンノキ・イチジク・パンダナス・バナナ・パパイヤ・サツマイモ・タロイモ・カボチャなどが生育できる畑として整備するこの事業は、2015年にEU指導からツバル政府に引き継がれ、2016年も3000AUDの予算を活用し2箇所の耕作放棄地で農地化が進められています。

農地化した土地の返還を受けた地主が、その後、有機肥料を作り農地を健全に保てるかどうか?課題は残りますが、人口が集中している首都においても、地産地消が可能であることを示していくこの事業は、とても有意義なものだと思います。

ラーメンライスとスナックばかり食べている首都の子どもたちが、少しでも地の物を食べられるように、農地を受け取った地主には引き続き農地管理と農作物の生産に励んでほしいものです。