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気候変動ニュース

昨年の12月28日に開催された第10回地球温暖化問題に関する閣僚委員会が開催され、「地球温暖化対策の主要3施策に関する基本方針」が決定されました。

官邸のホームページ
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/actions/201012/28chikyu.html

主要3施策とは、地球温暖化対策基本法案に盛り込まれた、「国内排出量取引制度」、「地球温暖化対策税」、「再生可能エネルギー全買い取り制度」のことです。このうちの「国内排出量取引制度」の検討を事実上凍結することになりました。報道によると、今回決定した日本政府の基本方針は、民主党が17日にまとめた「地球温暖化対策の主要3施策に対する提言」の内容をほぼそのまま反映したものと言われています。

これを受けた内容の地球温暖化対策基本法案を、今月24日(予定)から開催される予定の通常国会での継続審議、そして、成立が目指されます。

また、今回の閣僚委員会で基本方針の内容の他に注目されたのが、菅首相による「一人当たり排出量」発言です。

官邸のホームページに掲載されている地球温暖化問題に関する閣僚委員会の動画(アドレス以下)によると、冒頭のあいさつで首相は、二酸化炭素排出削減の国際目標を「1人当たり排出量」にすることを提起しました。

http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg4229.html

動画からの関連の発言要旨は以下に抜粋。

「私が、従来から申し上げていた考え方をこの文書に補足的に加えていただくことが、玄葉大臣のご努力でご了解いただいた。それは、いろんな時期の数字があるが、最近の数字ですと2008年、世界の一人当たりのCO2排出量は4.4トン。そしてそれに対して日本は9トン。アメリカが18.4トン、中国4.9トンということになる。人口が変化するので単純には言えないが、平均の4.4トンに少なくともまず我が国を下げようとすると、だいたい半分にしなければならない。アメリカは4分の1、中国もすでに平均を超えているのでそれを抑えないといけない。そしてこれが2050年に排出量を地球全体で半分にするということであれば、4.4トンが2.2トンにならなければならないということである。人口増加を考えると一人当たりは、2.2トンよりさらに小さくしなければならない。1.6トンという数字を先ほど事務方から聞いた。そういう国際基準にのっとった方向性を私はぜひ、数字の中に入れていただきたいと申し上げてきましたが、そういうものを今後いれていくということになった。90年度比、現在比などいろいろな基準があるが、地球上の一人あたりの排出量をどうするのかという手法をぜひ、国際的に世界的な基準にできないかと思っている。」

この一人当たりの排出量のアイデアは、上記の発言にもあるとおり、菅首相が昔から考えていたものです。

しかし、なぜこのタイミングに提案?という印象が否めません。

京都議定書は国ごとの総排出量で削減目標が決まっています。国連の交渉会議では、カンクン合意が決定したばかり。2013年以降の枠組みについても、基本、総量による排出削減目標が前提となって議論が進んでいます.これまで各国から提案された選択肢を、交渉を重ねる中で少しずつ減らしていき、約1年後に開催されるCOP17で完全合意を目指すというタイミングで、一人当たり排出量という新たな目標のあり方を今提案するのは、交渉をかえって混乱させてしまう可能性があります。

また、以下の資料にもあるように、これまでの歴史的な排出量をどうするのかなどの前提条件やいつからいつまでにどの年から削減するのかという時期の設定、人口などのデータによっては結果が大きく変わってしまうため、世界全体で同じ一人当たりの排出量にすることが、必ずしも公平な指標とはいえないという指摘もあります。

一人当たり排出量均等化に関する検討
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/kaisai/dai03tyuuki/siryou2-1_1-5.pdf

さらに、産業界の排出量も含んだ形で、人口で割ってしまうので、産業界の排出量が一人一人の排出量にされてしまい、産業界の排出分が見えなくなってしまうという問題も指摘されています。

ウェブキャストにもあるように、今回の閣僚委員会で、首相主導(?)という形で盛り込まれたこのアイデア。首相が前々から考えていたアイデアなので、単なる思いつきではないことはわかります。しかし、今回のアイデアは、国際交渉の流れをふまえ、戦略的に出されたものではありません。唐突に出てきたものです。

このアイデアが政府内で具体的に検討され、COP17に向けた交渉において、正式な日本政府の提案となるかどうかも今のところ不明です。また、この考えを提案している菅首相もいつまでもつかという状況。4月あたりに選挙になって首相が変わってしまったら、このような提案があったことも忘れられてしまう程度の提案であるという見方が強いです。

閣僚委員会では、これまで検討していた施策を後退させることが決定されており、この発言によって、菅首相が「気候正義」派に転じたというのは勘違いです。昨年末のカンクン会議では、日本政府は、京都議定書の第2約束期間に参加するつもりはないことを明言し、世界に衝撃を与えただけではなく、交渉の進展にも大きく影響を及ぼしています。

温暖化対策に対する日本の方針は、国際的にも国内的にも後退しています。

COP17に向けて日本政府が、今の方針をどう転換してくるか、世界が注目している中での今回の唐突な提案は、あまりにも現状とかけ離れています。いったい、菅首相は今の状況をどうしたいのでしょう。残念なことに、今回の発言によって、菅首相がこの問題に真剣に取り組んでいないことを露呈してしまったといえるのではないでしょうか。

<写真:官邸ウェブサイトより> (執筆:川阪京子)