2006年2月のキングタイドレポート
2006年2月28日 ウタラ氏宅の床上浸水の被害の様子
2006年2月、ツバルでは今まで経験したことのないキングタイド(異常潮位)に見舞われました。その様子は4月30日に放送された「NHKスペシャル:同時3点ドキュメント-第4回-煙と金と沈む島」でも紹介されました。NGO Tuvalu Overviewでは番組のコーディネートと取材協力をさせていただきました。
このレポートは現地コーディネートを担当したNGOスタッフの、もんでん奈津代氏から送られてきたものを編集して掲載しています。尚、NHKの番組との兼ね合いもあって、番組終了後の掲載になりました。ご理解とご了承を頂けますと幸いです。尚、この記事に関するお問い合せはこちらからメールでお願いします。(遠藤秀一:NGO Tuvalu Overview 代表)
「海が迫ってくるのが、恐いわよ。…ほんと、恐い。2月末のあの時、見た?街中を。」ブレッドフルーツを油であげながら、サロタは言った。ツバルキリスト教会(EKT)で会計の仕事をするサロタ・タラテアは、今年中に子供を連れてニュージーランドに移住することを決めた。過去にニュージーランドで仕事の経験があり、ニュージーランド永住権(PA)も取得済みの彼女にとって、今年のキングタイドの現象は移住を決断する大きな材料となった。
今年2006年の2月27、28日。港にあるオーストラリア設置の潮位観測器は27日に潮位3.37m、28日で3.44mを記録。3.0mを越えると街中に地下から海水が湧き上がってくるといわれる。この2日間の数値は両日揃ってツバル潮位記録史上、最高の数字を記録した。
ツバル国首都フナフチの最高潮位記録(ツバル気象庁発行、Tuvalu Overview調べ)
潮位予測と実際の観測データの比較表 空色で囲んだ数字が予測値、赤字が実際の潮位
一番潮が高かった28日は予測値と観測値のズレが18cmにも及んだ。また異常潮位の際には引き潮の潮位も異常に低くなるため、赤線のような変動があったと予想される。
毎年、最高潮位日には、ロトヌイ・マネアパと呼ばれる集会所前の広場や、飛行場滑走路脇の発電所前が地下から湧き出る海水で大池状態になる。しかし今年のキングタイドでは、それら恒例の洪水名所以外にも、新たな洪水発生箇所がいくつも見られた。
セミ・ビネ氏は自宅の基礎にキングタイドの高さを書いて説明してくれた。
2月26日、27日、28日の3日間。最高潮位時間、バイアク通から島の南に走る道が広範囲に渡って水没した。南に行く車は塩水の中を激しく水しぶきをあげながら走らざるをえなくなった。またそこから離れた別地点、空港滑走路と街をはさむ長い道のアスファルトのひび割れのあちこちからも海水が溢れ出し、道脇に並ぶ家々の庭を洪水状態にした。地下から溢れる海水が、川のように家の庭に流れ込む状態があちこちで見られた。街の南、ファーババウと呼ばれる集落では、カヌーを出して人々が遊ぶほどの水量であった。
ナーコリ氏宅の床上浸水の様子
土地の低い場所に建てられているいくつかの豚小屋では、豚が溺れて悲鳴をあげるので、柵をはずして豚を避難させる、というシーンが見られた。中でも顕著な現象は、屋内浸水。前述のロトヌイ・マネアパに隣接したモル氏宅は近年、潮位が高い時には屋内浸水する家として知られていた。しかし今回は、昨年まで浸水したことのなかった、イエファタ氏宅、タフォリ氏宅、ナーコリ氏宅、サータラカ氏宅、ティモ氏宅、ウタラ氏宅、計6家屋の床上に水が入った。ナーコリ氏宅は最高潮位時は膝下まで水位があがり、住人は2階に避難。住人の女性ラプアは、「海がいろんなものを全部持っていっちゃうよ。」と呆然とした顔をしていた。
ウタラ氏宅の床上浸水の被害の様子
2月が終わった後、フナフチのあちこちで、「あそこも水に浸った。」「どこそこもすごかった。」というキングタイド洪水の話題が人々の口にのぼった。
ツバルは敬虔なキリスト教徒が大多数を占める国。昨年も海面上昇についての意見を、街中をインタビューして回った。その時には、「『ノアの箱舟以降、大洪水が国を沈めるということはない』という聖書の記述を信じる。海面上昇など起こりえない。」という人も多かった。しかし、今年のこの現象以降、「海面上昇という現象を信じるか、信じないか」、「他国に移住したいか、したくないか」、という危機感を持った論争が、一般の人々の中でもとみに聞かれるようになった。
塩害で壊滅的なダメージを受けたプラカの若苗
3月20日。隣国フィジーへ出発する定期船には、ニュージーランドに移住する家族6家族が乗船した。港でのインタビューに答えてくれた6人のうち、4人は、移住の理由のひとつに、「海面上昇が恐いから。」と答えた。しかし、なぜ、今年のキングタイドが数値の上でも現象でも甚だしかったのか、その原因はツバル気象庁はもちろん、潮位計測器を設置したオーストラリアの潮位モニタープロジェクトも、原因を明らかにしてはいない。
(文責:ナツ もんでん奈津代/NGO Tuvalu Overview現地コーディネーター)