人新世の「資本論」 の薦め
2020年9月に発刊され「2021新書大賞」に輝いた有名な本です。
気候危機、コロナ禍、政治の腐敗・・・私たちは未曾有の災害の中に生きています。本書は、私たちが直面している困難の原因はたった一つであり、その解決策があることを哲学の視点から説明しています。哲学者がこれほど分かりやすく事例を紹介しながら問題解決を啓蒙する本に初めて出会いました。
通常、哲学書は簡単に見える単語でも研究の変遷で積み上げられた歴史を知らなければ読み取ることができない、一般人には理解不能なものがほとんどです。研究論文のような物ですから、当たり前といえば当たり前なのですが、、、英語やドイツ語で書かれたものを日本語に翻訳していることも勘案しなければなりません。
しかし、斉藤幸平さんのこの新書は私たちのために書かれた分かりやすい啓蒙書になっていて、多くの人に強くお勧めできる内容です。
おすすめする理由はそれだけではありません。
1998年にインターネットのトップレベルドメインのプロジェクトで訪れたツバル国での経験を元に、私が2004年に上梓した写真集「ツバルー海抜1メートルの島国、その自然と暮らし」の巻末では、「モノに頼らない」ライフスタイルの提言をしました。
その後の講演会では、気候変動を防止するためには「モノ」ではなく、その取引に使われる「お金」(これも商品券と思えばモノですが)に頼らないライフスタイルを提案してきました。食べ物やエネルギーを自給できるようになれば、お金への依存度を下げて、気候変動の原因となる温室効果ガスの削減が、私たちの生活の中で確実に実行できるからです。
多くの会場で「そんなことをしたら経済がまわらなくなるのでは?」という質問を受けました。人間にとって最適な環境があるからこそ、経済を回すこともできるのだから、経済の土台になっている環境を守りながら生きていかなければ限界が来るのではないでしょうか。そのような返答をさせていただくことが多かったように思います。
ここで「経済」とは何か?と言うことに踏み込んで考えなければならなかったのですが、私は残念ながらそこまでは及びませんでした。2015年に枝廣淳子さんの「幸せ経済社会研究所」の『』100人に聞く「経済成長についての7つの質問』に回答した際には、ツバルでの経験をもとに「全てを数字に置き換えることが間違いの始まりではないか?」と言う内容を提言しています。今読み返すと、もう一歩踏み込む必要があったことを感じます。
100人の回答を読んでみると、私がツバルで感じたことと同類の内容もあります。しかし、今の経済のベース、そのものが間違っているのだと指摘した人はいないように思います。(全員分は読み込んでいないので、もしかしたらあるかもしれません。)
1998年にツバルを訪れた際、首都のフナフチ環礁フォンガファレ島の人口は3千人程度、椰子やパンダナスの森の中に民家が点在する実にのどかな町でした。道路は舗装されておらず、凸凹道なので車やバイクは走っておらず、人々は徒歩か自転車を利用していました。資材を運ぶためのトラクターが目立つくらいで本当に静かな首都でした。首都のさらに先にある、連絡船で何時間もかかる離島を訪ねれば、笑顔が溢れる自給自足の暮らしを目の当たりにすることもできました。
歩けば数時間で一周できてしまうような小さな島には数百人の島民が、お互いに助け合って生活していました。男は百姓並みになんでもこなし、女は家事に専念し、子育ては島のコミュニティー全員で行う。そのような暮らしです。男たちは逞しくナタ一本あれば無人島でも生き抜いていける知恵と技を身につけていました。
大きなカルチャーショックでした。それまでの東京でのお金で全てを処理する暮らしが軽薄で空虚であった事を実感しました。幸せに満たされた小島の生活に憧れるとともに、気付かされたことが沢山ありました。
・貧富の差が生み出す不公平と幸福感の喪失
・土地にもマンパワーにも常に限界がある暮らし
・消費物が目の前になければお金を稼ぐ為の労働もない
・魚も野菜も貯蓄することなく分け合って楽しむ暮らし
・ラジオもテレビもない暮らしの静けさ
中には気候変動の根源になっていることも多くありました。
私と同じような気付きを得てほしいという目的で、しばらくの間、ツバルへのエコツアーを開催していました。このツアーの目的は「地球温暖化で沈む島を見に行くツアー」ではなく「ツバルを手本にして日本での生活を変えていくためのきっかけ」だったのです。
しかし、首都の島は2000年以降、急速にグローバリズムに浸潤されていき、エコツアーの目的を達成できる目的地ではなくなってしまいました。大変、残念なことです。(2020年以降はCOVID-19の影響もあり、エコツアーは開催できていません)
グローバリズムとは一体なんなのだろう?多国籍企業による地球の独占?、色々考えましたが、斉藤幸平さんのこの本に出会って、多くの謎がクリアーになりました。私たちが抗っていかなければならないのは、性質的に成長を強制してしまう「資本主義」だったのです。
私たちは『日本や先進国は「資本主義」の国です!』と学校で習いました。資本とは?と言う疑問を抱いたこともないと思います。しかし、よくよく考えてみると、資本主義は蓄財主義と言い換えることができると思います。その結果、1800年後半に始まった蓄財主義は1世紀足らずで、たった26人の人間が世界人口の半分の資産を所有するまでに至ったのです。それを支えた結果が今山積している社会問題の数々です。
解決策は資本主義からの脱出だったのです。
私の下手な文章はこのくらいにして、ぜひ、『人新世の「資本論」』を手にしてみてください。20年前のツバルを訪れる以上の価値があります。