僕がツバルという島国の名前を耳にしたのは1992年のことでした。大手ゼネコンの設計部で建物の設計に携わっていた頃です。リオでの第一回目の地球サミットの場で、世界では気候変動が進行していて温暖化している。それにより海面が上昇しモルジブやツバルという島国が深刻な被害に直面するだろう・・・というニュースを新聞などで目にしたときのことでした。
もともと自然が好きで、海が好きで、その当時はスキューバダイビングと水中写真にも取り組んでいたので、僕たちの日常の生活や、好きで選んだ建築設計という仕事から排出される温室効果ガスが、海や美しい珊瑚礁の島に被害を与えるかも・・・というニュースはとてもショッキングなものでした。その4年後30歳の時に、設計の道を離れ、インターネットベースの仕事をする会社を立ち上げました。その時はインターネット黎明期で、様々な可能性がネット上に散らばっていました。その1つがトップレベルドメインを活用したビジネスでした。
ツバル国は「.TV」というトップレベルドメインを国際機関から割り当てられていましたが、その当時は発行も運用もしていませんでした。そこで、「.TV」を活用して資金を作り、気候変動への対策費を捻出するアイデアをツバル政府に提案しました。1996年のことです。98年になって「ドメインビジネスの提案を多数受け取っている、運営会社を入札で決めることにしたので、旅費は出せないけど、もし良かったら来てください」という内容のFAXを受け取り、初めてツバルを訪れました。
その当時、ツバルの首都のフナフチ環礁は人口2000人程度でまだまだのんびりした南の島でした。そこで見た、圧倒的に美しい南太平洋の自然風景、そして、その自然に寄り添うように暮らしているツバルの人々の自給自足の技を見て、僕は忘れていた何かを急激に思い出すかのようなカルチャーショックを受けました。
大手ゼネコンの設計部に勤め、不必要な高いスーツを着て新宿の高層ビル街を闊歩し、残業続きで使う暇もない給料を食費と飲み代と服代につぎ込み、お金があればどうにかなるという勘違いに毒されていた自分が本当に恥ずかしくなった瞬間でした。ツバル人は鉈一本あれば、それほど豊かとは言えない南の島の自然から、食べ物をいとも簡単に見つけ取り出すことができるのです。生きる為の知恵に裏打ちされた逞しさ!それは僕が完全に失っていた技でした。究極のところ、お金よりも、彼らの技の方が人間という動物が生きていくのに欠かせないものだと言うことに気がつかされたのです。
僕がツバルから教わったことはそれだけではありませんでした。お金に強く依存しない社会というのは、本当に平和です。魚もバナナも沢山持っていてもすぐに腐れてしまいますから、捕ったら食べられるうちに周りに配ります。なにかの手伝いをするのはボランティアベースです。手伝う時間があるときにできることをする、気持ちの良いシステムです。貧富の差もないので、ねたみや嫉妬もありません。大陸から遠く離れた島国には、工業生産品の流通はごくわずかで、お金を持っていても使う先が無いような環境です。お金が必要ないので、お金の為に家族との時間や自分の健康をないがしろにして無茶な労働をすることもありません。生きていることを心の底から楽しめる人生をツバル人は共有しているのです。
一方、気候変動の原因を生み出している日本を始めとする先進国、工業国は、お金の為だけに働き、その為なら人の命もいとわない価値観が蔓延しています。私たちがツバルを見習って、お金や工業生産された物への依存度を下げる暮らしを徐々に進めていけば、温室効果ガスの排出も削減でき、それぞれが生きることを楽しむ人生を送れるのではないだろうか?その為にはこの島国の今の暮らしを守りながら、広く世界に伝えていく活動が必要だと感じたのです。ツバルは気候変動の被害者ではなく、気候変動を乗り越える為の新しい未来への可能性としてのお手本とするべき国だと感じたのです。
その後、写真展を開き、講演会を行い、たまにはテレビ番組などで紹介されたこともありました。徐々にツバルという国の知名度は上がっていったように思います。しかし、それに呼応して地球温暖化が終息してきたかと言えば、そんなことはありません。ツバルでの海面上昇の危機を無くし、私たち自身の未来を気候変動から守る為には、やはり根本的な問題を解決しなければ!その為にもさらに活動を大きく広げていこう!その目的で作られたのが特定非営利活動法人 Tuvalu Overviewです。Tuvalu Overviewはツバルを世界に伝える活動を通して気候変動の危険を回避できる未来を目指しています。南の島が好き、自然が好き、自分の未来を守りたい・・・是非、私たちと一緒に活動していきましょう。沢山の方々のご参加をお待ちしています。
2010年より自分の生活から排出される二酸化炭素を削減することを目的に、鹿児島県曽於市に築80年の古民家を購入し生活の拠点を移しました。山の中にひっそりと佇むこの古民家を「山のツバル」と命名し、食とエネルギーの自給自足による低炭素社会での暮らし方の実現に向けて様々な挑戦をしています。日々の様子は山のツバルホームページやfacebookで紹介しています。こちらも併せてご参照いただければ嬉しいです。
遠藤 秀一
特定非営利活動法人 ツバル オーバービュー代表理事 ツバル国環境親善大使